タイシンは筑波大学、日本体育大学、大阪体育大学、順天堂大学や体育・スポーツ系の学部・学科を受験する受験生の為の専門予備校です。

国立 私立 体育・スポーツ系予備校として31年の伝統 体育進学センター

合格体験記(本科生)

野口 大輔 大阪府 私立東海大仰星高校 ラグビー部

合格大学:【一般入試】筑波大学 体育専門学群・同志社大学 スポーツ健康科学部
進学先:筑波大学 体育専門学群

苦しかったですが、多くの同志に支えられ、充実した1年でした

僕は高校での3年間はラグビー漬けの毎日を過ごしていました。浪人が決まってから両親と相談し、実技対策の授業も充実している体育進学センターに1年間お世話になろうと決めました。タイシンに通うようになって、僕が最初によかったと思ったことは、同じ目標を持った仲間が多くいることです。タイシンで1年間努力してきたことで自信がついたので、諦めずに筑波大学に合格することができました。

大久保 結唯 東京都 私立八王子高等学校 器械体操部

合格大学:【一般入試】筑波大学 体育専門学群・同志社大学 スポーツ健康科学部合格体験
進学先:筑波大学 体育専門学群

実技指導を信じて勝ち取った、2次での逆転合格!

2次の実技での逆転合格に賭け、合格発表で自分の番号を見つけたときは本当にあきらめなくて良かったと思いました。浪人生活を支えてくれた家族とタイシンの先生方には感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。

佐宗 真琴 福井県 私立福井工業大学附属福井高等学校 女子サッカー部

合格大学:【センター・競技歴方式】早稲田大学 スポーツ科学部、【センターD方式】順天堂大学 スポーツ健康科学部 スポーツ科学科
進学先:筑波大学 体育専門学群

一生の宝ものの仲間に出会えたサイコーの1年。

タイシンでは、「一緒に頑張ろう」とも「負けたくない」とも思える同じ「体育」の道を目指す仲間と出会うことができました。タイシンでの一年間は私の一生の宝ものです。本当にありがとうございました。

小川 大輔 大阪府立北野高校

合格大学:中京大学 スポーツ科学部スポーツ健康科学科
進学先:大阪教育大学 教育学部 学校教育学教員養成課程

この1年頑張り抜いたことで、人間的に成長できた。

タイシンで1年間頑張るという自分の選択は間違っていなかったと思います。自分は志望している大学に合格したのですが、合格、不合格よりも、辛くも楽しい1年を「大学合格」という目標に向かって最後まで頑張り続けたことで、ひとりの人間として成長できたと思います。時には厳しく、時には優しく、一人ひとりに親身になって向きあってくれたタイシンの先生には、とても感謝しています。タイシンに来て、本当によかったです。

松本 祥吾 兵庫県立加古川北高等学校出身

東海大学 体育学部 競技スポーツ学科出身

現在中学校教諭として活躍中です!

私のタイシン時代の生活を一言で表すと、"仲間"です。タイシンは全国規模の体育予備校で、同じ志を持つ県外の仲間ができるというのはとても心強いことです。実際私は大学が関東でしたが、大学でタイシンに通っていたという仲間を見つけ、とても安心したことを思い出します。
またタイシンの実技指導は他の塾と圧倒的に違います。私は実技の授業で走るフォームを改善し、以前に比べ速くなりました。指導もわかりやすく、今では学校の授業でもタイシンの指導法を用いています。
最後に、タイシンは愛のある予備校です。タイシンで頂いた愛を今度は生徒に与えられるようにと、タイシンでの生活が仕事をするうえでも基盤となっています。タイシンは私の人生を充実したものにして頂いた、最高の予備校だと思っています。

佐藤 亨洋 茨城県 県立水戸商業高等学校 サッカー部

合格大学:日本体育大学 体育学部 健康学科、東海大学 体育学部 競技スポーツ学科
進学先:日本体育大学 体育学部 健康学科

新聞奨学生として浪人したこの1年間は、今まで生きてきた中で最も苦しく過酷な1年でした。

というのも、新聞配達をしながら受験勉強をすることがこんなにつらいものだとは思っていなかったからです。去年の冬、講習生としてはじめてタイシンに来て、やっと受験勉強を始めました。たった一ヶ月ちょっとしか準備をせずに挑んだ入試は、なんだか曖昧なまま終わってしまいました。
結果を受けてはじめて勉強の大切さを知りました。
この一年でいちばんつらかったのは、夏と冬の特訓の時期でした。あの暑い中での実技と学科の授業、そして新聞の配達...いま思い出しても気持ちが悪くなるほどつらいものでした。受験を目前にした冬になると、途端にテスト演習で思うように点が取れなくなり、つらかったです。でも、そこであきらめず努力することを怠ることなく、そして「自分は合格するんだ」という思いは忘れずにやり続けました。そうするとだんだんと調子を取り戻してきたのです。
あきらめない精神力を作ることができたのは、夏に先生方についていったからだと思います。それが最後のねばりに結びついたのだと思います。これからの生活にも活きる経験をしたと思います。
浪人してよかったです。

北村 優弥 大阪府 府立八尾翠翔高校 陸上競技部

合格大学:大阪体育大学 体育学部 健康・スポーツマネジメント学科
進学先:大阪体育大学 体育学部 健康・スポーツマネジメント学科

僕は今年、第一志望である大阪体育大学に合格しました。

僕は高校3年生の8月から体育進学センター大阪校に入学しました。
現役生の時は、正直「タイシンに入って、実技さえやっていたら合格するやろう」と思っていました。なので、勉強はあまりせず、実技を集中的にしていました。その結果、現役生の時は入試本番直前に怪我をしてしまい、実技で全力を出すことができず、当然学科もできず、公募推薦と一般入試両方とも落ちてしまいました。落ちた理由は自分が学科の勉強をしていなかったからだとわかっていてもすごく落ち込みました。しかし、僕はまだ大阪体育大学を諦めることができませんでした。なので、僕は両親に頭を下げ浪人をしたいという気持ちを伝えました。はじめは猛反対されましたが、どうしても大阪体育大学に行きたいという気持ちを両親に何度も伝えていくうちに、「1年だけやぞ」とタイシンでの浪人を許してもらうことができました。浪人するにあたってやはりお金も必要なので、母親は僕のためにパートから正社員になってくれました。そのような親の姿を見て、僕は今年はなにがあっても大阪体育大学に合格しようと決意しました。4月からタイシンで本科の授業が始まり、毎日実技・学科両方とも倒れるくらいまで頑張りました。しかし実際のところそんなに甘くはなく、初めの頃、実技では動作のコツもつかめずよく怪我をし、学科でも校内模試で思うような点数をとることができませんでした。何度も諦めそうになることもありました。しかし、諦めずに何度も練習や勉強を繰り返すうちにどんどん成績が伸びてき、日が経つにつれて現役の頃では考えられないくらい成長することができました。そしてどんどん自分の実力に自信をもつことができ、入試本番をむかえることができました。本番では実技はすべて満点をとることができ、学科でも自分の実力を100%発揮することができました。そして今年、大阪体育大学に合格できたのもいつでも相談にのってくれたタイシンの本科生のみんな、わからないところを何度も丁寧に教えてくださるタイシンの先生方、そして僕の浪人を許してくれた両親のおかげだと思っています。こんなに浪人生活が楽しくすごせたのも体育進学センターで浪人したからだと思います。
本当に体育進学センターで浪人して良かったです。体育進学センターで学んだたくさんのことは大学に入ってからも自分の学生生活に役立てていきたいと思います。本当にありがとうございました。

柳川 天音 広島県 私立広島女学院 バレーボール部

合格大学:筑波大学 体育専門学群
進学先:筑波大学 体育専門学群

現役の時からの私の2年間の目標は「筑波大学合格」でした。

地元広島を離れ、大阪で浪人することが決まり、4月の1ヵ月間は生活に慣れることで手いっぱいで自分を厳しく追い込むことができず、案の定5月の第1回の模試では目も当てられないほどひどい成績でした。 模試の結果から反省し、自分なりの課題を決めました。まず、生活のリズムを作ること。「毎日7時間は睡眠をとる、朝体が元気なうちに勉強する、寮を出る前に必ず毎日15分リスニングをする。」そして、いつも自分に言い聞かせていたことは、「行きたい大学を目指して、浪人させてもらえていることが幸せだ。」ということです。また、私には同じ目標を持ったバレー仲間が1人いましたが、彼女は事情があって筑波を受けられなくなりました。その時私は、彼女の分まで頑張ろう、彼女の気持ちを背負って筑波に挑もう、そう心に決めました。ところが秋以降、学科・実技共に思うような結果が出ず苦しみました。その時にやっと実感したことは、「浪人したからと言って受かる保証はない。」ということです。不安で不安で仕方がなく、両親に電話したこともありました。学科も実技も自信が持てず心身共に弱りはて、気がつけば泣いていたこともあります。
それでも私は諦めず自分で決めたことをコツコツやり続けました。不安になった時は、筑波の合格発表の日、部屋で1人でネット発表を見てガッツポーズをしている自分をイメージしました。
今振り返ってみると泣きながらでも寝食を忘れて学科・実技共に必死に取り組んでいたなと思います。センター試験1週間前、体調を崩し寮にこもりました。まずは体調を直さなければと思う反面、勉強しないわけにもいかず、気づけば1日15時間勉強していました。朝5時半起床、食事、トイレ、お風呂以外の時間は全て勉強、夜11時半就寝。今では、こんな生活よくできたなって思います。センター試験が終わり、筑波の入試までのラスト1ヵ月間は実技に没頭しました。私は、バレーボールと器械運動を選択していましたがラスト1ヵ月間は自信の持てなかった器械運動に特に力を注ぎました。タイシンのマットの授業毎日2時間プラス時間があれば自主練。お風呂上がりの柔軟、毎朝朝食前の体幹トレーニング。出来る限りのことはすべてやりました。
しかし、学科も実技も最後まで投げ出すことなくここまでくることができたのは家族、先生、仲間の支えがあったからこそだと思っています。寮で1年間一緒にすごした天満familyはもちろん、タイシンの仲間、私が悩んだ時苦しかった時、一緒にいてくれて相談にのってくれてありがとう。実技、学科の先生方、1年間熱心にご指導して下さってありがとうございました。私はこの1年間の貴重な経験が私をより成長させ、今後の人生の大きな礎になったと確信しています。

軽部 貴大 宮城県 県立泉館山高校 硬式野球部

合格大学:鹿屋体育大学 体育学部 スポーツ総合課程、日本体育大学 体育学部 社会体育学科
進学先:鹿屋体育大学 体育学部 スポーツ総合課程

「絶対国立に合格するから、浪人させてください」そう約束して東京に出してもらって、1年間の浪人生活が始まりました。

入った当初は英語も国語もまったく出来ず、Sクラスでも前のほうの席で始まり、こんなので大丈夫なのかなと不安ばかりでした。予備校に慣れなきゃいけない、寮生活に慣れなきゃいけないと、最初の2ヶ月は苦痛の連続でした。でも、その生活にもだんだんと慣れてきて、同時に成績も伸びてきて、夏期特訓の時には一番後ろの席に座ることが出来ました。
自分はセンター試験が勝負で、周りのみんなより1ヶ月本番が早く、近づくにつれて、点数が取れなかったり、伸びなかったりしたときに「あぁ、また今年もダメなのかな」とあきらめそうになったときもありました。けれど、最初に親と約束した言葉を忘れず、祥平先生の「素直に、貪欲に、粘り強く!」を思い出して、ただ、ただ、机に向かって頑張りました。
結果、センターは成功して、無事、第一志望だった鹿屋体育大学 スポーツ総合課程に合格することができました。友達にも先生にも喜んでもらえて嬉しかったですけど、何よりも親の「1年間よく頑張ったね、お疲れ様」のひと言が嬉しかったです。
大学に合格することがゴールでなく、これからがスタートなので、今後、自分の将来のために、この1年で培ってきたものを糧にして、大学で勉強を頑張りたいと思います。
19年間で一番濃い1年でした。ありがとうございました。